首里城地下 「第32軍司令部壕の保存・公開を求める会」 を応援する首都圏の会 HOME |
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2023年4月に沖縄大学で展示会と学習会がありました 沖縄大学での司令部壕ダンボール模型の展示会 世話人 牛島貞満の学習会です 沖縄大学図書館での司令部壕展示風景 |
お知らせ (現在、新聞記事へのリンクが出来ない状態です。しばらくお待ち下さい) 2023年 2月3日 沖縄県 首里司令部壕の第一坑道床面確認と公表! 沖縄県は「第32軍司令部壕保存・公開検討委員会で、ボーリング調査の結果、78年間 見つからなかった司令部壕『第一坑道』の床面を確認した」と報告した。 新聞記事はこちら。 2月7日 第32軍司令部壕の保存・公開を求める会(瀬名波榮喜会長)は、「沖縄を再び戦場にすることに 断固、反対する」との声明を発表した。声明文は「自衛隊地下化に反対」「抑止力や防衛に名 を借りた今回の(略)自衛隊の計画とは全く異なる『平和の道』である。第32軍司令部壕は 『負の遺産』、『負の記憶』である」と指摘している。声明全文 新聞記事はこちら。 2月21日 保存・公開を求める会(沖縄)の会長・瀬名波榮喜さが沖縄テレビで紹介さました。 「沖縄戦体験者の憂い--ウクライナ侵攻1年」 ここからリンクします ※詳細は「会の活動」のページに掲載してあります。 |
「第32軍司令部壕の保存・公開を求める会(沖縄)」 を応援する首都圏の会とは 首里城の地下15~35mには、旧日本軍の第32軍司令部壕があります。 太平洋戦争末期、南西諸島の防衛を担った第32軍は、米軍を迎え撃つため高台にあり、 砲撃に耐える固い地層だった首里城の地下に壕を構築したのでした。 地下壕の総延長は約1キロメートル、坑道と坑口がそれぞれ5つあり、司令官室や炊事場等 30以上の部屋や区域に分かれ、多いときは約1千人が生活していたといわれています。 1945年4月、米軍は沖縄本島中西部の海岸より上陸、首里城にせまる中、5月末に第32軍は 壕の要所を爆破し、南部へ撤退しました。 戦後何度も首里司令部壕の調査と公開が試みられましたが、資金面や壕内の崩落等もあり、 結果として、今まで放置されてきたのです。 (首里城・守礼門前で壕について解説する牛島世話人) 2019 年の首里城焼失の後、首里城の復興と合わせて、壕の保存・公開を求める声があがりました。 「第32軍司令部壕の保存・公開を求める会」は、2020 年 6 月に結成され、保存・公開を求める運動 の中心になっています。こうした声を受け、沖縄県は、2021年に「第32軍壕保存・公開検討委員会を 設置しました。沖縄返還50年の今年、司令部壕中枢部分の未調査部分の調査を開始します。 「第32軍司令部壕の保存・公開を求める会」は、調査・保存・公開の計画が頓挫することがないよう、 県への積極的な働きかけや、地下壕のことを多くの人に知ってもらう活動も行っています。 多くの人が訪れる首里城の近くで、壕を公開すれば、平和への発信が強化できるはずです。 私たちは、「『第32軍司令部壕の保存・公開を求める会(沖縄)』を応援する首都圏の会」を作り、 この活動を首都圏で応援しています。 このホームページでは、沖縄の「第32軍司令部壕の保存・公開を求める会」の動きや「首都圏で 応援する会」の活動などを伝えていきます。 2022.8 (世話人) 牛島貞満 細田伸昭 会への連絡、問合せ、講演の依頼等は、ここから(メールフォームが開きます) または、メルアド: koukai32gou@yahoo.co.jp までお願いします |
「第32軍司令部壕の保存公開を求める会」(沖縄)の活動については、 HP、FB、You Tube をご覧下さい。(赤字部分またはQRコードからリンクします) HP FB You Tube |
2022.12.19 公開 更新情報 2023.3.23 |